栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第64話  「-繋がる人間模様-2」

再会を控え、次々と友の顔が思い出されるーー

  宮脇は町工場の印刷会社を親から引き継ぎ経営していた。浩にとっては、中小企業の厳しさを目の当たりにする場でもあった。朝は早く、そして夜も遅く、土曜日曜も休まなかった。というより、休めない工場であった。生産性も低く厳しい経営であった。

そのような中でも、宮脇は浩と会うことを喜んだ。その理由一つに、二人の学生時代の共通の存在としての直子がいた。直子は、浩にとっては小学校時代、宮脇にとっては中学校時代のとても仲良しの友であった。高校時代の浩と宮脇の机が前と後ろだった時、女子高に進学した直子のことをよく話題にした。円らな瞳は誰よりも輝き、誰もが直子を意識するほどであった。宮脇は高校時代とても優秀で、有名国立大学に進みながらも実家を継いだ。彼の仕事の環境の厳しさに接するにつれ、もっともっと自分も頑張らなくては!と浩は励みに思うのだった。宮脇のいつもニコニコ顔には頭が下がり、互いに啓蒙し何かにつけても助け合っていく仲となっていった。

 税理士事務所を立ち上げたばかりでありながら事務局長として病院勤務に入った浩は、病院理事長との三年の予定だった契約が十年も超えての長期の勤務になり、自分ながらよく頑張ったなあ!と感慨深く思い出していた。「三つ子の魂百まで」の子育ての必要性を感じ、四人の子供たちを必ず月一回はゆったりとした自然環境の中に連れて行った。しかし、この時間以外は年中無休、三百六十五日猛烈に働いた。当然年末年始も休まなかった。そのぐらい仕事は多忙極まっていたが、若さ故、疲れる事など無かった。理事長は兄のようにあたたかく、このことも頑張る気持ちが高まる要因であった。「組織の第一はあったかさ」とはこのことだなあ!と悟ることができた。

 P大学時代の友人濱高とは、今では最も親しい存在となった。学部は違っていたが、大学での商経学会の総会等で見る彼の存在は一際目立っていた。エキゾチックでスラリとした彼は女性陣の憧れの的であり、携帯がなかった当時、彼のアパートの蓋もないポストからは、女性からの手紙がいつも覗いていた。時にははみ出すほどであったが、モテる男ほど女性への関心は薄いようで、浩は羨ましく思った。

就職は、航空会社のパイロットに見事に合格、華々しい社会人としてのスタートを切った。だが訓練中に視力が落ち、数値が規定値に達しないとの理由で地上勤務ということに決まり、あっさりと辞めてしまった。人生わからないなあと濱高のことに心痛んでいたところ、翌年県庁の上級職に難なく合格、浩は我が事のように喜んだ。濱高のアパートで徹夜の祝杯をあげ喜び合った。彼とは浩の結婚式の司会を頼むほどの仲になっていった。浩が問題を抱えておちこんでいる時の濱高の処方は絶妙極まる事から、病院事務局長の後任を託したくなって、恐る恐る話してみた。というのも、濱高は将来県をしょって立つ有望株との高い評価が至る所から耳に入っていたので、おそらく断られるだろうと思っていたのだ。

「OK!」

まさかの答えに浩は飛び上がり、そして抱き合った。一回きりの人生、濱高も官を経験したから民も経験してみようと密かに考えていたようだった。病院に勤務し、院内を歩くと、あまりの格好よさに女性陣からのひそひそ話が絶えなかった。正にある種の動くセラピストにもなった。

 佐野とは大学時代の最も親しい友であり、家賃の安いところを探し求めてジプシーのような生活をして家なき子同然だった浩は、よく山の麓にある佐野の自宅を訪問し、徹夜で人生論や国家論を戦わせた。自衛隊幹部候補生希望の佐野からは国防について深く学ぶことができた。今までは自分の周辺しか見えなかった視界が広がり、次第に佐野の考えを尊敬するようになっていった。訪問すると佐野の母がとても喜び、深夜のおにぎりは頗る美味しくて、彼とは兄弟であるような錯覚によく落ちいった。毎夜家庭教師、土日そして春夏冬の休みには土方や左官と目まぐるしくアルバイトに追われる日々の中にも、彼の家を訪問することは大学時代の唯一の楽しみであった。夜の家庭教師が終わってからの訪問でも、朝までの時間は若い浩には有り余るほど充分にあった。

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