栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第54話 夢の国イタリア2~

アリタリア航空でレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に到着、浩は感極まり淀みなく息巻いた。「先生バチカンは一つの国なんですね?」「バチカン市国として世界遺産なんだよ。まあイタリアの重要な都市と考えていいかな」カトリックの総本山のサン•ピエトロ大聖堂に到着、南北百五十M東西二百十M高さ百二十Mの大きさに度肝を抜かされた。聖堂に入ると誰しもが魅入るピエタ像に浩の心は熱くなった。ミケランジェロが大きく名を馳せた作品、切なくも極美を放射するかの様に眩しく輝くピエタ。ヴァティカン美術館のシスティーナ礼拝堂に入ると天井画『創世記』と祭壇壁画『最後の審判』キリストとモーゼの生涯をテーマにした壁画には、絢爛のあまり訪問一行の顔は呆然変容と化した。作品に酔い痺れ、サン•ピエトロ広場では「神に近づける」カタルシス状態であった。その心も束の間、ローマ帝国の栄光を目のあたりとした世界最大の石造のパンテオン、コロッセオ、さらに繁栄没落の過渡期に大浴場は造られると言われるカラカサ浴場、そしてフォロ•ロマーノ、この遺跡を見ると如何にローマ帝国が繁栄したかを垣間見た。オードリー•ヘップバーンとグレゴリー・ペックの名作「ローマの休日」のスペイン広場、真実の口、浩は当にこの映画の怜悧な主人公の記者のような気分で界隈を満喫した。英会話の勉強もこの映画のDVDを幾度となく見た。翌日はトスカーナ地方のシェナへ。日照がとても良い地域、作物が豊かに育っている。中世の広場としてはヨーロッパで最大級の扇形状のカンポ広場、多くの店や催し物、メンテナンスが要らない合理性がある交流の場で、七百年近く活用され経済的にも学べるシステムである。日本にイタリアを持って来たと言われる西村暢夫さんの小高い丘の料理学院を訪問、パスタ料理は顎が外れるような初めての味、シエナのイタリアワイン最高級のひとつブルネッロ・ディ・モンタルチーノワインに心も体も蕩けるようであった。昧爽の微酔い香の目覚め、訪問最終日はメディチ家によるルネッサンスの発祥の地フイレンツエへと。目前のドゥオーモ、赤レンガ造りの巨大なドーム型丸天井クーポラと、ジョットの鐘楼、浩たち若者だけで併せると千段近い双方の屋上の見晴らし台で、当に花葩の都フィレンツェを眺望!次は御目当てのメディチ家歴代の美術コレクションを収蔵するウフィッツィ美術館へと。ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』の前に立った浩は絶美のビーナスに喫驚瞠目Troppo bello幾度となく呟いた。総身放心状態の浩を教授は「浩君、浩君どうしたんだい」と。反応のない様子に肩を鷲掴みにされ、ようやく我に帰り「ああ、私はもうヴィーナスが、ヴィーナスのエピゴーネン」「気は確かかね、浩君」我に帰った浩はビーナスをクロッキーした。町が藝術そのもののイタリアに後ろ髪を引かれながら、何度も訪れたい気持ちに駆られた。協会設立が浩のその訪伊の思いを現実化、熊本とイタリアの経済文化交流をと考えた。その後の訪問では、熊本で世界ハンドボール大会招聘の知事親書を持って訪伊、イタリアチーム団との懇親パーティは最高に盛り上がった。トレビの泉、多くの店が並ぶヴェッキオ橋では何度も往来した。ミラノでは、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニの映画「ひまわり」の始めと終わりのシーンがミラノ中央駅。初老の婦人がこの駅に着くなり子供のように泣き始め、驚きと共に浩もそのシーンが鮮明に浮かび、縋り寄る婦人を抱きしめながら涙が収まるまで静かにこのプラットフォームで蔽った。オリベッティの看板が見え、ビジネス感覚の浩は嬉しくなった。マリア・カラスの声にシャンデリアも揺れたと言われるほどのオペラの殿堂スカラ座、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会と止まる事のない歴史と芸術の場面に出会った。水の都としてウオータフロントの先駆的成功都市とも言えるヴェネツィアでは仮面をつけてゴンドラへ、船頭が歌うカンツォーネのオーソレミーオ、帰れソレント、サンタルチアを聴きながら、全く別の国を醸しだす南部のナポリに着いた。依頼教授と浩の符牒は「日伊」になっていた。

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