栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第52話 正秋バンド2~

いよいよ“正秋バンド”がやって来た。浩たちは、チャーターした二台の車で障がいを持つ音楽家ということもあり、やや緊張した面持ちで空港で出迎えた。リーダーは高橋正秋君を筆頭に視覚障害と知的障害などの障害を併せ持つ盲重複障害者九名で構成されたバンドで、ボーカル、ピアノ、ギターなどの演奏メンバーと付き添いの先生ニ名、合わせて十一名の来熊であった。空港ロビーでの正秋君たちの燥ぎ様は喩えられないような高揚ぶりであって、浩たちもその湖にスッポリと呑み込まれるような心の湧き上がりに一変した。
「至福の中にいると至福を感じる人間になるんだなあ」
この時以来、自分も常に喜び、喜びを伝えていく伝道師になろうと思うぐらい正秋君たちの態度は喜楽で満ち溢れ、これから先の生き方は、歓喜以外に生まれるものは無いような気が生まれ、そのように生きて行こうと決意する程の豊かな情景であった。
「市民会館に直行して欲しい」の言葉にもビックリした。普段は先ずホテルで休んでからリハーサルを始めるのであるが、彼らにとっては時間は最も大切な宝物の存在であった。自分の体がいつどうなるかわからない、一日一生、一時一生の考えで、その日その時を精一杯に生きている姿を、これから連続的にまのあたりにするのであった。リハが終わりホテルに到着、夕食、そして再度市民会館へと、初めての熊本公演に対して、熊本の人に最高の演奏会を見てもらいたいとの鞏固な心一筋であった。
その夜の浩は耿々として眠れなかった。会場にどのくらいの人が来るのだろうか?百社もの協賛社や一丸となったボランティアの人たち、これまでの行動で積み上げた数字の上からは充分にに心配をする必要はないのではあるのだが、果たして、、、、、。
そしてカーテンの隙間から朝の光が眩しく突き抜けて来た。ホテルでの朝食を共に、あれもこれもと夢遊病者のように動き、時に狼狽し、いよいよ開演を迎えた。市民会館は驚くような立ち見が出るほどにまでの観衆に、喜びと安堵と今日までの我武者羅な準備の疲労が錯綜、一瞬萎える浩と化した。
いよいよ、正秋君たちの演奏開始に会場は静まり返った。そして一曲一曲の演奏が終わるたびに拍手の渦、堂々とした立派な九人の音楽家は、正に青空を背景に大輪の向日葵が咲き誇るかのように。演奏の間の彼らの一言一言は、私たちにはアフォリズムめき、頷くばかりであった。協賛も目標を大幅に超えて集まり、今回の渡航費用を補う以上の金額の贈呈式がこのコンサートの終演の時に行う事が出来た。会場の全員がスタンディングオペレーション、正秋バンドへの万雷の拍手が鳴り響き、憧憬の念を皆が抱くほどであった。終演後の慰労会では、正秋バンドをはじめ実行委員会のみんなは大家族のように肩を抱き合ったり、ハグし合ったり喜びに耽り続けた。
そして翌日、夫人と浩と会社の総務のメンバーは磊落風な正秋君たちに付き添い、観光案内をすることになった。天下の名城熊本城や日本で最も美味しいと言われる白水の白川水源、更に阿蘇久木野のおふくろ館では手打ちうどんを体験したりと和やかな一日を共にすることができた。
 浩は初めのうちは感じていなかったのであるが、次第に彼らのエキセントリックに見える行動、アンビバレンスな表情に心なしか不思議さを感じはじめた。
「正秋くんいるか・・・」
「利恵ちゃんいるか・・・」
常に確認し合っていたのだ。自分のことよりも一緒にいる相手のことをおもいやっていたのだ。時に全くお互いを無視するかのような。そして浩は、ある光景に気付いた。歩いている時にも、一縷の望みを託すかのように細かく手を動かしているのであった。
深く見続けるとまるでピアノを伴奏しているかのように。
一瞬たりとも練習を欠かさないこの動き、この直向きな行動に浩は目頭が熱くなった。正に盲亀の浮木の瞬間、例えようもないくらいの涙を堪えるのに精一杯であった。
酔生夢死な生き方を正すかのように、大きな〃歓喜〃という最も大切な種子を多くに人に分け与え、正秋バンドは空港から旅立った。今回の機会を与えてくれた篤実ある元総理夫人をはじめ浩たちは、視界から消えるまで手をふり続けていた。

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