こうじょう著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第70話 「灯火」

祭りとは本来、自分たちの踊りによって、観衆と一緒に楽しむものである。しかし、この祭りは自分たちが主役で躍り出るのでなく、来訪者の方々に喜んでもらうことが目的であった。その分浩たちは、精神的にもきつい面が多かった。準備にもかなりの労力が必要であったが、アジャイル開発のように素早く、効率よく進めた。

 メイン会場の花畑公園は、祭りを始める前は、鬱蒼と生い茂る木々に群がる鳥の糞でいっぱいで、トイレも汚く誰も寄り付かないような公園であった。しかし逆に言えば、ちょうど立ち上げた社会企業会で、毎月行っているトイレ掃除活動の、恰好の的であった。企業会から多くの心ある有志たちが集い、休日ボランティアでの清掃を行なうことで、見る見るうちに誰しも憩いたくなる美しい公園へと変容していった。やがて乳母車の姿や、老夫婦、若いカップルの姿も見られ、昼の時間には友だちや職場仲間でお弁当を食べる様子も見られるようになった。このような変化を浩たち仲間はとても喜んだ。

 そんな中で、一緒に準備の作業をする人と人との交流と、若者の笑顔が、例えようもないくらい浩たちの心を温かくしてくれた。今まで全く知らなかった人同士が、まるで兄弟姉妹のような仲になる光景が多く見られた。さらに恋人となったり、結婚を約束したりするカップルも生まれた。

 浩の会社仲間たちは全員、この準備には惜しみなく力を注いだ。祭りの当日は、メインの竹ぼんぼりの対応も、外村、上水、奥山や、本部事務所には、小久保、朝尾や、そして会場でも多くの仲間たちが動き、煌びやかさで満ち溢れた。

 公園での献灯式は、祭が始まる合図である。厳かな神代の笛の音、その荘厳な中で巫女が舞い、中心の神木へ阿蘇の御神火が奉納される。あたかもバーチャルの世界が現実になったようで、多くの人たちがどこからともなく大波のように、押し寄せてくるような状況になった。熊本の新しい祭り、火の国熊本の新しい夜明けであった。

 祭りが回を重ねると、驚くような訪問者が現れた。海外からは、当時の韓流ドラマに出演していた女優が「このような心温丸灯りは見たことがないわ」と感激していた。シリコンバレーからも博士、シンガポールからは大富豪夫人、東京からも政界トップクラスの夫人、ビッグ企業の代表、横浜元町を創った人物の一人等々、この祭りはまさに世界と日本各地を繋いで行くようであった。

 以前シンガポールの夫人宅へ、会社仲間と訪問して研修を行ったことがある。浩はその時のことを、まるで昨日のように思いだしていた。この夫人は、熊本に関心を示しており、国際都市への構想をよく練り合わせていた。しかしある年、この祭りの訪問の約束が叶わず急逝した。まさに灯火がパッと消えた日であった。浩はその日から暫くは放心状態の自分を晒していた。だが、この祭りが始まると、灯りの中にこの夫人の微笑む姿が現れたように感じ、浩は救われるように立ち直ることができた。

 このような人々の訪問を受ける中にも、浩たちが最も嬉しかったのは、「暮らし人祭り」のタイトルがついたように、日々熊本で暮らす人たちにとって、秋のひとときの癒しになることであった。

 祭りの中で父親と二人の女の子が連れ立って歩いていた。三人は、短冊に願いを込めて灯をともす『竹ぼんぼり』を持っていた。

「お母さんが生きていたら、喜んだろうね。」

「うん。お母さんに伝えたいことを短冊に書いたよ。」

「私も書いた。『私がつらくて苦しい時は、お母さん、必ず助けてね』って。」

 蝋燭の明かりに照らされた女の子の顔からは、穏やかさの中にも一生懸命に生きようとする姿が窺えた。

 横にいた社会企業会の事務局の奈美子か細い声で呟いた。

 「母親が聞いたらどんなに喜ぶことでしょう。私ででよければなんでもしてあげたいけれど、彼女たちのお母さんの身代わりになれるはずがない・・・」

 そう言い終わると、何も出来ない自分を感じ、蹲った。

 この祭りが、ここまで人に優しい想いを抱かせるとは。

浩は、「新しい祭りを創ろう!」と呼びかけて良かったと、そう思った。

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