栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第57話 黄金の大地2~

もっと付加価値のあがるようにしないといけないと考え、古びた資料を調べていたら、リモナイトそのものを霧島の農家が毎月購入していた。豚に食べさせていると。直ぐさにその霧島の農場に向かった。着くなり「おう、おまんさん達よかにせじゃ、今度引き受けた者かい」邪険そうな小柄ながらもタフガイの男で、急に乙に澄ましたように「見ておきよ」と急にリモナイトを振る舞いた。するとビックリ!忽ち黒豚達がドドッとこのリモナイトへ猪突猛進バクバクと食べ始めたではないか。茫然としていると「うちの豚は種豚、どこよりもずんばいげんきぼ子豚が生まれるんじゃ。これ企業秘密て言うものかね。おまんさあ、誰にも言って欲しくは無いんじゃがね」と、機密を漏洩して欲しくない特有の浅慮な言葉に、諭告するかのように「わあ、こんなに良い製品なら拡めたいんです。そうしないと会社がもたないんです」「じゃっど、おはんの会社が無くなれば、おいにもはいらんちゅうこつか」「そうなんです。何とか拡めることを認めて頂けませんか?」「ほいあならしょんなかたい。じゃっどん条件が、、、」とむにゃむにゃとと訳のわからない言葉、意図する事がピンと来たので「ありがとうございます、恩にきます。この鹿児島の地区は、必ず大将を通して販売することにしますよ」と、このようにしなくても自由に売り捌いても良いのであるが、この貴重な発見を与えてくれた御礼と共に、見学モデル農場にと判断したからである。浩たちは可能性の発見の喜びに車中で話しまくりながら気がついたら会社だった。夜もかなり遅かったが、この良さをどのように伝え広げていくかを遅くまで議論した。市場を考えたら思い切り日本中に伝えなければとの結論に至り、思い切って養豚月刊誌に広告を出す事にした。一ページ五十万円、資金も無いのでこれが精一杯、この雑誌に賭けてみた。デザインのディテールにかなり拘ったので掲載された時の喜びは一入であった。とはいえ、さあどうなる事かと気を揉んでいたら、ビックリする程注文が殺到し始めた。嬉しい悲鳴、早速事務所に入社したばかりの石岩君を責任者として登用、スマートワークとして事務所の尾中君らも手伝った。ほぼゼロの売上からやがてはこの部門が数千万円にも達する成長分野となり、何とかやって行ける見通しが立つようになった。良くなると良い話も舞い込み、見た目は鬼瓦のようではあるが親しい上関さんから、ペットに強い会社があるとの紹介、その会社はリモナイトを素材にペットのおやつの新製品を完成、みるみるうちにこれまた売上が拡大していった。浩は、何事も行動し続ければ道は開かれるんだなあと心の中に刻んだ。

このリモナイトは次第に黄金の輝く大地と化し周囲の期待の光へと、今日のM &A事業承継のパイロット的事業の例となって、日本全土更には海外迄も事業が進み始めた。成長へと進む中では、事業に共通する全てが順風満帆と言うわけには行かなかった。これまでの主力製品の下請けの仕組みを思い切り元請けに切り替えようと考えた。下請けでは利幅がなく、所謂石川啄木の作『一握の砂』の「働けどはたらけどなお、わがくらし楽にならざり」二人は、意を決して今までのお礼と元請になる旨の挨拶に伺った。それから暫く今までの売上が半減、資金ショートになるぐらいの危機に面した。事務所も浩個人も資金を注ぎ込んだ。元倉君は必死になって動き回り何とか二年経った頃には今までと同じ金額に回復、粗利がある分少しは余裕が出てきた。その安堵も覚めない頃巨大台風が直撃、ものの見事に工場の屋根が三百メートルも吹き吹き飛んだものの周囲が田圃で人災が無かっただけでも不幸中の幸いであった。色々な場面に面しながらも、次第に優秀なスタッフが入り、研究室も持つ事ができた。素材確保と地域との関係から農業法人も設立、地域に貢献の行動でもあった。新しい製品開発、そして他社との協力により大きな試験研究が進み、福岡、東京そして北海道にも、上場を目指すアルゴリズムが見え、AIのディープラーニングのように会社は動き出した。それでも、浩は仲間たちと一緒にポール J. マイヤーのSMIや思考は現実化するのナポレオン・ヒルプログラム等の成功哲学を早朝より勉強した。

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