栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第38話 支店長〜演劇道場~

金融機関との関係も大変良くなり、頻繁に支店長の方からも来院、いつでも追加融資を、との話が多くなった。金利交渉も、情理で判断した。それというのも、この大規模な病院は、理事長の医療技術と人間性、加えて、建築会社の抵当の提供、さらに金融機関が当初よくも融資してくれたものだとの評判から、所謂三組織で出来上がった病院であるとの心あたたかい理事長の心を受け止めての交渉であった。 そんなある日、友田支店長から弾むような声で「日本を代表する旅役者の方が近くに劇場を建てられたので、紹介したい」との電話が入った。浩は、旅役者との出会いは初めてであり、興味とともに何か強面の怖い感じも抱きながら訪問した。劇場横が自宅で、玄関を開けるや否や、弟子みたいな男が「どちらさんでいらっしゃるか?」との対応に、一瞬、以前の原井社長宅を思い出した。まさに任侠道世界に舞い込んだ錯覚で、「浩というものでござる」と言いそうになった。 奥の座敷に通されて暫くすると、映画の世界を見るような初老の男、小柄ではあるがガッチリした体つき、絣着物姿で颯爽と、その姿には一瞬驚くような眩さであった。「おう、あんたさんが病院の局長で会計事務所の・・・」と声を掛けられたものの、浩は威圧感に押され、何を話したかわからないまま終わった。上品な奥さんにお茶とお菓子を出されたような気がして、席を立つ時お茶も飲み干し、お菓子の食べ跡もあった。 それから、芝居小屋と言った方が良いような、あたたかい感じの劇場に案内された。丁度運良く演劇の真っ最中で、お爺ちゃんお婆ちゃんたちが大勢、それも涙を流しながら見ている姿にびっくりした。ところが暫く見ていると浩もまた涙するようになり、この大衆演劇に瞬く間に魅了されていった。それからは、病院でも毎年クリスマスプレゼントとして、患者さんに喜んでもらう為の公演が行われた。 それからというもの、浩はこの旗岡会長にとても可愛がられるようになった。また、この会長をモデルにした朝ドラが半年間放映された。今は全国的に名を馳せ、有名な存在の会長も、幼少の頃から青年時代の苦労、苦労というより、赤貧洗うが如しの生活をされており、浩の幼少期に似て即座に感情移入した。更に幼少期の厳しさは、旅役者は転々と場所を変えて、暫くそこで演じて、そしてまた別の場所に移動して、その場所で演じる生活から、学校に行けない、学校が受け入れてくれないという教育上の大きな壁に打ち勝って行く様子が浮かびあがっていた。苦労に苦労を重ねて今日の不動の地位を得られた姿には、若者がこれから生きる上での大きな勉強になるドラマとなり、多くの人たちの人気ドラマとなった。 このような教育問題もあり、会長は政治にもとても関心を持って当たられていた。会長宅を訪問すると、必ずと言ってよいほど、国会議員、県会、市会の議員さんたちが訪問していた。政治も動かす方なんだなあと次第に畏敬の念が高まっていった。交流が深まる中で、浩より少し若い長男の竜一座長の舞には、こんなに舞踊が素晴らしいのだろうかと、今までに経験しなかった芸術の世界に入る喜びも感じるようになった。ある日、竜一座長が腰痛の痛みで、どの病院に行っても良くならずにどうしようもないとの話から、早速理事長を紹介、すると命に関わる驚くような診断、腰痛が原因でない、悪性の病気である事を発見、即入院、即手術を受けることとなった。手術が見事に成功し、一命をとりとめる事が出来た。このこともあって、以来、座長と浩は無二の親友となり、互いを助け合うようになっていった。

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