栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第27話 大学〜就職1~

大学生活も最終学年、アルバイトと勉強の日々が続いた。 研究会の顧問教授から「大学院に進学しないか?自分の後釜として迎える」浩から喜びの答えが返ってくるとの教授の期待に反して「先生、すみません。その世界には・・・」当時の大学の先生は、大半が地味な家に住んでいて、貧乏で育った浩にとっては、金持ちになりたいという浅はかな心が強かったのだ。「そういわずに論文を書いてみろよ」教授の熱心な言葉に押され、渋々一挙に百枚の論文を殴り書きした。「えらい早いじゃないか」と、直ぐにその場で論文を読まれ、半ばにさしかかった頃、「よし、浩君、君は君の向かう道に行き給へ」諦め顔というより呆れた顔であった。学者には向かない論文であったからであろう。 そのような中にも浩は教授によく仕えた。子供さんはいらっしゃらなかったので、時折顔を出すと頗る喜ばれた。教授の奥様は体が弱く、卒業直前に他界された。その後間もなく後妻を迎えられた。後妻の方にも可愛がってもらった。就職は銀行推薦を頂いたが、国家試験を目指すため、就職浪人をすることにした。母の父は大手銀行の副頭取であって「あんたはおとんぼだからね。折角の銀行を」と言いながらも、自分で道を切り開こうとする浩の姿に微笑んでいた。 浪人している十二月に、兄が若い頃勤めていたお菓子工場の社長夫人から税理士事務所を紹介して貰い、新年から働く事になった。職員が十二名、熊本で一番規模の大きい税理士事務所であった。二つにグループ分けしてあり、風貌がトニー谷に似ている所長代理の元に配属された。切れ味が良くとっても仕事の出来る方で、この方に比べると仕事がのろい浩は、毎日のように叱られた。その分可愛がられ、この方の秘書で鞄持ちのように訪問先への随行ができた。福岡の大きな飲料メーカーに行くときは楽しかった。慶応を出た二代目社長、仕事が終わると、料亭、クラブ、スナックと、浩には初めての夜の世界を学ぶ事が出来た。世の中の良い事も悪い事も見る機会も得た。 ある日、突然関与先の会社が倒産した。以来、社長や、親しかった立命館卒業(高校の親しい友人がこの学校に進学したので、特に印象が残った)の経理部長、女性の方で主婦で色白の美しい経理係長とも会えずじまいになってしまった。今でも会いたいと浩は思っている。 税理士事務所の繁忙期は、二月十六日から一か月間の所得税の確定申告であった。集まって頂いて確定申告をする中で、大変であったが楽しい事が多かった。飲料の販売の(浩からすれば)おばさんたちから小さな子供さんの話など家庭の状況を垣間見る事は、浩の励みにもなった。 もう一つの楽しみは、夜の六時ぐらいから深夜まで三日間キャバレーの狭い事務所に訪問、かわるがわるに二百名超えるホステスさんが、自分の勤務の合間を見て申告面談する中での会話が楽しかった。「ねえ、私とつきあわない?」と、冷やかしとは言え、嬉しい言葉が多かった。流石に水揚げトップ三人は凄いと思った。四十代の二人のホステスさんは、お店が終わって、御礼にと寿司屋に連れていってくれた。浩の最も好みの三十三歳の方は、お昼を御馳走するわよと、本人のマンションに招待された。若い浩にとっては、胸がときめいた。勿論食事を終え、そそくさと帰った。のちに、浩が開業した時に、経理を見てよ、と言われたときはすこぶる嬉しかった。その後、浩の親しい方から「あの人は凄い人の娘さんだよ」と聞き、驚いた。当然の事ではあるが、男女間の関係が無くて良かったと思った。 

関連記事