栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第22話 還俗・新聞少年1~

心温かい信徒に囲まれ、お寺の関係での浩は輝いていた。しかし、高校も卒業、殆どの友人はみな著名な大学に進学して青春を謳歌しているとの話が入ると、浩は辛かった。このままでは、自分はどこに行くのだろうか?信仰心が次第に揺らぎはじめていく自分の心が嫌で嫌で堪らなくなった。八月十一日の成人迄には自分の未来を決めなければ、と来る日も来る日も自分の心に問い続けた。尊敬する師匠、信仰心が足りない自分、その対立軸が心の中で果てしなく打つかっていく。受持ちの信徒の方たちにも当然であるが話すことが出来なかったが、家庭的にほっとするあるご自宅に夜立ち寄ってみた。ご主人も何か奥様と二人だけの会話にさせた方が良いように感じられたのか奥に行かれ、二人だけで話す中で、我慢しきれずに、還俗することを話してしまった。このようなことにどのような答えが返ってくるかと心配したものの、すんなりと、「そのほうが、良いでしょう。若い時にはいろいろ経験された方が良いからですね」とまるで肩を押すかのような言葉に、一瞬唖然としたものの、浩は嬉しさがこみ上げてきた。自分の考えを解ってもらえたという喜びであった。かなり後でお会いしたときに、社会に出てみて、そして僧侶が良いか?社会で働くが良いか?一度出て見た方がいずれにしても浩には良いと思われたとのことであった。以来還俗後、お寺での参詣や法要などでお会いすると、お互いに笑みでいっぱいになった。まるで家族であった。 寺内でも年上の秘書課に勤務する人に思い切って話してみた。同じ感覚でのアドバイスであった。悩みに悩んだ末の答えは、こうして二人の方により、成人前の大きな人生の決断を下すようになった。いよいよ還俗、本来ならば師匠や先輩に申出て許可を得なければならない大切なことであるが、当然説得されてしまい、また曖昧な自分に帰ってしまう。今までのこの僧侶の世界では、還俗する場合には、このような形が常態になっていた。決めた以上は、今度は社会で菩薩行(ぼさつぎょう)を行おう。信仰心の足りない自分には、社会での仕事が適している。必ずこの事で師匠にもお寺のみんなにも、そしてお寺に住む父にも母にもそして姉にもわかって貰える日がくるように死にものぐるいで頑張って生きていこう。そして必ず社会面からお寺への奉公ができるような人間になっていこう。そう決意した浩は、置き手紙をして、竜田口駅から熊本駅に向かった。相談した秘書課の方ひとり見送ってくれた。熊本駅から普通列車で東京に向かうのであった。お金もないので今はない東京行きの列車に乗り、長い乗車で時間の感覚はわからないまま目的の東京駅に到着した。勿論寝台でもないので新聞紙を敷いて寝た。若いのでどうもなかった。 東京駅から乗り換えて、新聞配達店をめがけて赤羽駅に向かった。宿舎付きの新聞配達店であった。「男の命は仕事なり 久保田万太郎」と大きく書いてあった。「人間はなあ、働くことが一番タイ、君も新聞少年で懸命に働けよな。そうすると道は自然に拓けていくのだ」当時としては訳の分からない理屈に聞こえたが、なにはともあれ、ご飯を食べて行かなければならないので、先ずはこの仕事にたどり着いた安堵感があった。 早速明日から配達、その同行者の紹介を受けた。彼は優秀な高校生で、有名大学を受けるらしく、そろそろ勉強にとの考えでの引き継ぎであった。このような青年もいるんだなあ、と浩は社会の一つを垣間見ることができた。

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