栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第18話 寺院生活・苦しい時代2~

次第次第に自分の学力が落ち始めるのを犇々と感じ始めていた。それでもこれまでの力でなんとか理解はできていた。  お寺にあがっての悶々とした一年は、木枯らしのように過ぎ去って行った。 高校受験、果たして昼の学校に行けるか不安でたまらなかった。というのも、多くの若い僧たちは、夜学に通った。あたたかい師匠の奥様の勧めもあり、昼間の難関進学校を薦められ、お陰様で見事に合格することができた。それもそのはず六百一人受験して六百人合格であった。落ちそうな人は、はじめから受験していなかったのである。 入学式には、師匠の奥様、執事長の奥様と、寺内のトップの奥様が二人も出席、このことは、これからの浩への期待の大きさを表した。寺内では、他人となった母も密かに入学式当日、体育館の片隅で浩を見守った。式の後、校長室に十人が呼ばれた。「君たちは、未来を託されたのである。これから学業に励み、当校の模範となって、有名大学に合格して欲しい。」 「なるほど自分は、こんなに良い成績で入ったんだな。でも、これからも皆と同じように勉強することなんかできもしないし。」この独り言は、まさにこれからの浩の学業を予言するかのようでもあった。みるみるうちに成績は落下の一途を辿ることになって行った。 高校生にもなると、剃髪得度式と言う、所謂丁稚見習い小僧から一人前の僧侶、僧名も頂ける儀式が、本寺の小倉であった。お堂に熊本からも多くの参詣者、この中には、母と姉の顔もあった。多くの参拝者がいる中に、式は神々しく執り行われた。浩は、何が何だかわからないまま五人の若者たちとその儀式を終えた。本堂から退室するときに、母や姉と目があった。喜びと悲しみの両方の気持ちをその視線から感じた。それもそのはず、将来立派な僧侶になって世の中を救って欲しいという希望、しかし今の現実は、厳しい修行、普通の高校生ならば、のびのびと勉強もでき、素晴らしい大学を目指すことが出来たのであるのに、そのようにできない母や姉の擬かしさがあったのであろう。「ああ、いよいよ俺は、僧侶になるんだなあ。なるからには・・・」大僧正でも目指す心も起きてはきたものの、最も大切な学校生活に危険信号が点滅し始めていた。 中学時代と違って、高校の内容は、日々勉強しないと理解できない内容であった。学校では眠たさで授業を聞くどころでなく、帰ってからは、お寺の仕事が山のように待ち受け、そして、さらに檀家を多く担当するようになった。五組合計五十人ほどの信者の方に対して、班単位や組単位で誰かの家に集って頂き、信徒の方と一緒に読経し、法話をするスタイルでお布施を頂いた。一人千円であったり五百円であったりで、一カ月三~四万の金額を頂いた。その頂いたお金は当然ではあるが全部お寺に奉納して、お小遣いとして毎月三千円頂いた。宿泊費も食事代も要らず、学費を出して頂いた。信徒の方の家族で病気や願い事があることも多く、その時は、御助行と言って、その家に行き、所謂祈祷と言うべき読経を行った。長いときには三時間を超えて行うこともあった。 ある家では、ご主人が早く他界された奥さんが病気で、組長さんたちと一緒に毎日のように通ったこともあった。その家には同じ学年の女学生もいて懸命な読経をともに行った。仄かな淡い空気も漂い始めたころ、見事に病気も快復し、毎月一度の組としての参詣の状態に帰り、その女学生とも疎遠になっていった。一瞬の恋の物語でもあった。

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