栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第17話 寺院生活・苦しい時代1~

中学三年になる前の春休み、下着と学校の本を持ってお寺に着いた。お寺には、以前から浩を可愛がってくれていた三つ上の僧侶がいた。日蓮系の宗派は太鼓を叩いて読経するため、浩にその叩き方などをよく教えてくれていた。ちなみに、叩き方の基本型は三つ。三弾・五弾・七弾があり、七弾を習得するのは難しかった。その僧侶は夜学の高校に通っていた。 浩がお寺にあがり、この人が一番心の支えになると思い慕って行ったところ、とんでもなく無視されるようになった。寺内の話題が、優秀な浩の話題で持ち切りとなり、快く思わなかったようである。後になって浩も理解できたが、全ての動物が起こす現象である。新しい細胞を拒否する。特に優秀で目立つ存在であると、尚更のことである。今までは自分が脚光を浴びていたが、急に違う人に光があたるとなれば至極当然のことである。    しかし、浩はその時は全く理解ができずに悩み続けた。仏道を極める世界で、意地悪や嫉妬、更には今で言う虐めなど存在するなんて・・・と思った。所詮、この世の世界のあらわれの一つとしてのお寺の社会である。さらに悲しく悔しい光景を目の当たりにした。浩がお寺に入って一年後、母もついにお寺にあがることになった。その最初の狭い薄暗い食堂での出来事であった。先輩の僧侶が母に向かって「ここは、娑婆じゃございません。すべてに仏の世界・・・」 ここまでは別に良かったのだが、「世間で食いっぱぐれた方の集まりではございません。」 恰も、「どうしようもなく生活苦でお寺にあがったあなたですよ!」と言わんばかりの言葉であった。母は、静かに「これからは、この寺内のきまりに確りと仕えてまいります」と答えた。戦前は大富豪の栄華を味わった母。戦争という大きな出来事が仕事の全てを奪い、父の身体も奪い、環境を一変させてしまった。浩は、どんなに母は辛かっただろうと思った。しかし、先ずはここで自分も頑張って母になんとか幸せになってもらうしかないと拳を握りしめて誓った。ただ頑張るしかないと。 このような、心の葛藤の中にも、同じ寺内の住まいに父も母も、そして美保子姉もいることは頗る嬉しかった。朝は四時半起床、清掃、勤行、そして学校、帰ってからは、勤行、本堂の清掃、お塔婆の浄書や清掃、よく本堂の宿直を命じられた。睡眠時間が三、四時間の日々は、若い浩には耐えられなかった。朝から起きることも辛かったが、一番辛かったのは、学校での授業中であった。今まで七時間睡眠であった生活が、その半分程度になるということは誰しも耐えがたい事である。起きているときは、万年眠たい症候群とも言えるある種の病的な状況にもなっていた。大人の僧侶の人たちは、早朝からの清掃勤行を終え、檀家に回るまで少しは自分の部屋でうつらうつら仮眠ができるものの、浩のように学校にも通う身となると全くその時間が無い状態であった。そのことから授業中がその眠たさに耐える、まさに最も厳しい修行と化していたのである。 ある日、国語の時間に、はっと気づいたら先生の指が目の前に指してあった。ドッキっとした浩に対して先生は、「答えてみろ」と、嫌がらせのような一種のしてやったりの顔がそこにあった。「まずい」と思ったものの、勘で答えてみたら正解、先生はビックリして、「君は超能力者のようなもんだ」と言い放ち、それからは、いつものうつらうつらしていてもこの先生から当てられることは無くなった。

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