栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第16話 中学時代・勢いにのる2~

浩は、こんなに勉強が面白く、こんなに解けるのが不思議でたまらなかった。四月は家庭訪問の季節だ。浩は学級委員長だが、浩の家の貧乏はなおも続いていて、家にはあげられない。そこで母は、結婚していた長女真喜子の家の方が少しはましと考え、学校の傍の姉の家に訪問してもらった。浩は心配になり、覗き見した。母も姉も街中でお店をした経験からか、先生は酔っぱらうほど上機嫌になっていた。浩は何故か少しほっとした。一年の時の家庭訪問は玄関先での応対で、浩はひどく恥ずかしく思い、案の定、先生はこのあと浩を見向きもしなかった苦い経験があったからである。
 一学期の四月から五月にかけての連休に教科書全部を読んでみた。すべて頭の中に入ってしまう自分が不思議で不思議でたまらなかった。今までにない自分発見であった。連休明けからの授業が退屈になってきた。学級委員長としてクラスが仲良く楽しくする為にも、友の協力は欠かせなかった。とは言え、知らない友だらけ。そこで昼休みや授業終了後、特に成績の芳しくない喧嘩の強いものを中心に、わからないところを丁寧に教えることとした。みるみるみんなの理解が高まっていった。先生が教えるより友達同士で教えあうほうがいいんだなあと思い始めた。後に、今の教育の在り方を改革しなければいけないと思う現場そのものの自己体験でもあった。浩のクラスは、学年八クラス中、学級平均点が成績トップとなった。このような噂はすぐさに流れ、生徒会の議長へも推薦された。
 「人は褒めたり、得意なことを伸ばしたが良い。レベルの高い所より、ややそれよりも低い所に着目して自己を伸ばした方がより伸びるのではないか」
と思った。つまり、自信をつける教育がその人を成長させるのだと。以来、浩はこの座標軸を片時とも忘れない生き方をするように心掛けた。とは言え、人間という生き物からして時には転覆しそうになることも幾度となくあった。でも・・・ 順風満帆とはこのようなこと、その表れに考えられないオール五を成し得たのである。体育も音楽も図画工作もである。不器用な浩は、自分自身おかしいと思った。自分は不器用であるのに、何故?次第に解って来た。今の成績の評価法が机上中心、つまりはペーパーテストでの評価、本来なら実技そのもので評価しなければと思う中、暗記というテクニック法をマスターすれば良い成績になる、このようなあり方そのものを変えなければいけないと思った。将来は教育者にでもなって新しい教育法を創ってみようと思った。
 貧しいながらもこの順風満帆の青春も終わりを告げる日がやってくるのである。目を患っていた父は二年前にお寺にあがり僧侶として奉公する身になっていた。僧侶が五十人、家族を含めると百人を超える人たちは、山の麓の開拓した土地に一緒に暮らす、いわば百人の村であった。このお寺を開かれた方は浩の生涯の師匠になる人であった。このお寺は、講のような組制度であった。母は組長として懸命に信仰に励んでいた。その母の担当講師(僧侶)が、浩の噂を耳にして、「是非、仏門に」と勧められた。母は、最初は「いえいえ、そのようなことは」と頑なに拒否していたものの、夫がお寺にあがり、家計もどうしようもない現実から泣く泣く浩を、所謂お寺に差出す運命となった。浩は何もわからず燥いだ。未知への遭遇への子供の探検のような喜びであった。

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