栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第13話 5、6年生・思い出の先生1~

浩の小学五年の時の担任は、女性の先生であった。一学期、初めての学費納入領収印の袋が皆に返されたが、五十人の学級の生徒中、浩と、親しい中村の二人には返される袋がなかった。「浩には、袋が無い、どうしてだよ」 と大声で叫ぶ友達たち・・・。 なぜか恥ずかしくてたまらない。俄に戦後日本も成長を始めようとする昭和三十年代、上通下通の商店街の子供たちが通う小学校。当時としては、一般の家庭と比べはるかに生活が豊かなこの小学校の子供たち。その中で貧困であることは、耐えがたいことである。「静かに!皆さん一人一人その家庭には、いろいろな状況があるのです。袋の有る無しで騒ぐ必要はありません」 と、日頃とっても優しい先生が、強い先生に変貌し、その威圧に、この騒ぎは一瞬にして静まった。「この先生には愛がある」 そう浩は感じた。 それから半世紀が経ち、浩は、お陰様で人並みの生活が出来、人生一回りの還暦を迎えるのであった。 疾風の如く駆け上った企業戦士、深呼吸の還暦の時、自己歴史を振り返ると、愛を頂いた方々が春の花のように浮かび咲いてきた。 その一人がこの先生であった。 すぐに学校の先生であった同級生の友人に住所を調べてもらった。「いない、存在しない」 の回答。がっかりしたのもすぐさに、「そんなことはない」 それからひと月ぐらいたった頃、「あった、あった。先生は、その後すぐに退職されていた。ご主人も先生で、子育てに専念されたようだよ。先生の今の連絡先がわかったよ」 浩は跳びあがって喜んだ。電話先の友人に何度も何度も頭を下げ続けた。「やはり友っていいなあ」 と改めてその友の存在の大きさを感じた。 早速、先生にも連絡をとり、交通センターのロビーでお会いすることにした。 何か初恋の恋人を待つような嬉しくも落ち着かなかった。あらわれた先生は、既に初老の女性ではあったものの、小学時代の面影がそのまま目の前に浮かび、当時の時代にすっぽり入り、浩は嬉しかった。「あなたのことをまわりから聞いたし、メディアでもみたわよ。とっても頑張っているのね。先生って、受け持った生徒が立派に社会の為に働いてくれていることが最高の喜びなのよ。あなたは、見事にそのことを実行してくれていて、先生も自慢の生徒だわ」 先生の体からも溢れんばかりの満面の笑みに、浩も「僕も、先生が大好きだったんです。先生のあのときの暖かい心の愛で、今日まで頑張ってこれたんです。先生ありがとう!」

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