姉のペンキで新品のようになったランドセル、その快適な日も束の間、一週間後に大雨となった日の出来事。学校につくと、友だちがゲラゲラと笑うのであった。「おまえは女か?」 訳のわからない会話が暫く続いた。親友が駆け寄って来た。「おい浩、まずいよ」 と言うなり、階段下まで強引に手を引っ張って行った。無理矢理にランドセルを脱がされ、お互いの手を見て爆笑した。河童の手のように緑色になっていた。その笑いも束の間、血の気が引くように消えた。そこにあるのは、古びた赤いランドセルであった。急いで手洗い場で洗った。なかなかペンキのついた手の色が元に戻らなかった。涙を堪えるのに精一杯だった。「何故、自分だけがこんな目にあわないといけないのだろう。なんで」 勿論、家計の苦しさはわかっていた。しかし、わかっていてもまだ小学生の浩には辛かった。 そのやるせない気持ちを晴らすかのように、家に帰らずに、白川の河原に降りて暫くぼんやりと川の流れを繰り返し目で追った。 小さな魚が水面を飛び上がる光景が楽しくなっていた。「私は貝になりたい」という物語を思い出し、「僕は魚になりたい、そしてあんな風にとんでみたい」暫くそう心に思い浮かべていると、次第に外は薄暗くなっていった。「ひろしーひろしー」 遠くから木霊するかのように、母と姉の声が鳴り響いてきた。「なにしよっとね」「なんばしよっと」 その声が途切れる間もなく「わーん、わーん」 浩は、母の胸に飛び込んだ。「ランドセルのペンキが取れたのね。うーん、仕方ないわよね。もう帰ろうよ」 と姉が言うと、母は、「なんとかなる、なんとかなるよ」 いつもの母の困ったときの、何か呪文のような言葉が返ってきて、浩は、スーッと悲しみが消え、平静に戻った。この言葉を聞くと、今まで全てが解決していく現象を見てきたからかもしれない。 一週間経った頃、綺麗な新品のランドセルが食台の上に置いてあった。浩は飛ぶように嬉しかった。何度も何度も背負い、小さな鏡台で、ランドセル姿の自分を見た。夢ではないかと頬をつねってみた。痛かったので夢で無いと確信した。 でも、今まで買えなかったランドセルが何故ここにあるのかが不思議でたまらなかった。
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