栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第10話 小学低学年•赤いランドセル1~

浩は夜便所に行くのが怖かった。裸電球ももちろんなく月夜があれば何とか見える程度で、時々住人の中には便所の中に眼鏡を落としたりもして、みんなでワイワイとその落としたものを取り上げ、拍手喝采、水であらう様子も子供心に面白かった。
 目を患い、何とか治りたいとの一心から両親は、浩が生まれる直前に縁のあった宗教の猛信者となっていた。信徒の講組織がよく出来ている宗教で、その宗教仲間の人たちはとても仲がよく、各家庭を訪問しあっていた。浩は、ある一人ぐらしの裕福な老婦人からとても可愛がられ、よくお菓子を買って貰い、浩も「おばあちゃん、おばあちゃん」と、祖父母が既にいない浩にとっては、甘えられる対象となっていた。その老婦人も、あまり身寄りがないような感じでもあったので、尚更親しくなっていった。
 ところがある日、その老婦人が急逝、両親と一緒にお通夜に行った。遺影をみながら、もうおばあちゃんに会えないかと思うと、子ども心に悲しみでいっぱいになった。お通夜も終わり、両親はその家に暫く残るということで、大好きな姉と一緒に帰った。明日の学校の準備をしていると夜も十一時を過ぎていた。就寝前にいつもの離れの便所に行き、小便をしようとしたところ、目の前にそのおばあちゃんが、スッとあらわれたのだった。まだ小学生の浩は驚き、一目散で障子一枚の家の中に飛び込んだ。浩の姿に姉もビックリ飛び上がった。
部屋の中から病気の時に使う便器を取り出し、その便器に済ませ、姉が便所にそれを流しに行った。帰って来て、「誰もいなかったよ、おばあちゃんもいなかったよ」とケロリとする姉に、「度胸があるんだなあ」と思った。やはり姉はたよりになるなあと思った。
 老婦人には、ある程度の財産があり、親戚という人たちが現れて、財産揉めがあってると母が言った。浩にはあまりわからない内容であった。
 浩たちの学年は、校舎が出来るまで、今までの街中からは、かなりはずれた学校となった。今までは自宅から東へ向かっていたのが今度は途中から南に向かうことになった。親しんだ校庭とは、やはり空気が異なっていた。重苦しい雰囲気でもあった。
 家もますます貧困になっていくのを感じた。父は働けなく、母の仕事も思うようになかなかいかず家計もさらに苦しくなっていった。そのような中にも、家庭には常に笑顔があることに浩は救われていた。宗教のおかげではないかとも思った。姉美保子の存在も大きかった。いつも「ひろちゃん、ひろちゃん」と言って可愛がってくれた。元々安いランドセルであったので三年生のこの時期に壊れてしまった。そうすると、中学一年の美保子は、小学生時代に使っていた赤いランドセルを取り出して「このランドセル使えそうなので、色を塗ろうよ」と、一緒に金物店に行き、一番濃緑色のペンキが特価安値で並んでいたので直ぐさにこのペンキにした。書道の使い古しの筆を出して、美保子は塗り始めた。浩は、その姉の手さばきの速さにあっけにとられて、黙ってじっと見つめていた。「さあできあがったよ」まるで新品のようなランドセルが目の前にできあがった。「姉ちゃん、ありがとう」浩は嬉しくてたまらなかった。ランドセルが壊れ、「買ってちょうだい」と言える雰囲気でもなく、「どうしよう」と落ち込んでいたからである。姉は何でも相談できる大きな存在となっていた。
 それから、学校にも楽しくルンルン気分で通った。

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