栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第68話 女性の活躍-3

生活情報懇談会のメンバーとのおもいで、そして学生時代のおもいでが過ぎ去ったのも束の間、肥後熊本にも女性の活躍の狼煙が上がった。今回の大池県議当選が冷めやらない時に、驚愕のニュースが飛び込んできた。

「潮田園長が副知事に推薦される!」。現知事から、〜学殖深く辺幅を飾らぬ人で、これからの社会で最も重要になる福祉政策に精通した人〜としての登用で、女性かつ民間人の起用とあり、世間の話題の中心となった。知事の三顧の礼の末、受諾したのだとの話も入ってきたが、いずれにしても浩はわがことのように喜びを抑え切れずに、即座に応援団を結成した。園長の存在は、浩が描くオートクチュール作品のような人でもあった。

浩が会の代表に推薦されたものの、「この会は女性の方が中心の方がいいのでは?」と浩は発言した。皆からの願いもあり、結果として河さんという自然環境の仕事の女性と浩のニ人代表に収まった。(この二人体制はとても内容豊かな運営ができることが多く、このこと以来、浩は何か会の代表を決めるときには、複数の共同代表を提案した)。会の名前も河代表の案で「オーロラの会」と命名された。

ローマ神話の暁の女神Aurora、正に女神の登場を意味する会であった。

浩にとってこの会は大変楽しかった。社会をより良くしようとする人たちが集まり、未来社会を創る子供たちのこと、特に経済的に恵まれていない環境の子どもたちをどのように応援していくか?これからやってくる超高齢化社会をどのように設計していくのか?これからの社会を豊かに創り出すには?オーロラの会での交流は会を重ねるごとに学ぶことが積み重なっていき心が弾んだ。潮田園長の園を運営する法人の理事長であり夫・愛三氏もまた全国的に福祉で知られ、潮田理論とも言われるほどであった。

ところがまたもや熊本の県政を大きく震撼する事件が起きた。副知事就任の翌年、知事が七十二歳で急逝された。

県政も混乱する中で、潮田副知事に知事立候補の白羽の矢がたった。今度は状況からして固辞することは出来なかった。

ところが浩にとっては悩ましいことになった。同じ保守系の曽田参議院議員も立候補を表面されたのだ。兄弟のように親しい間柄であり、特に最も大切な職業であると日頃から思っている農大出身の農業人であることは浩にとっては魅力的であり、また県議時代から通俗的な政治家の匂いは全く無い爽やかな人であった。参院選立候補の時は、曽田婦人と一緒に駆け巡ったほどの関係でもあった。

そうは言うものの副知事とは既に姉のような存在、、、悩みに悩んだ浩は、現状を鑑みると副知事が知事になることがもっとも県政を混乱させない選択だと判断し、曽田参議院議員に丁重に詫びを入れた。複数人選ぶ議員選挙であれば複数応援することは可能であるが、首長選挙や定員一名の場合はそうもいかず、浩の言葉に曽田議員も相当なショックであったに違いない。しかし、浩はその後挽回のために動き、曽田議員の後に市長選挙に出馬するときやスリランカ復興支援のNPO法人をともに立ち上げるときは、それまで以上に深い絆で結ばれる間柄となっていった。

選挙戦はデッドヒート、全くの互角のまま終盤までもつれあい、最後にはお互いの検討を称え合う良い戦いとなった。当選した潮田候補に対して、お金もない・地盤もない・看板もない中での草の根運動の勝利とメデアは一斉に報じた。現代の肥後の猛婦あらわる!とも報じられたが、猛々しさよりも、周囲の人をいつの間にか柔らかな人へと変容させるような人だった。

当初、副知事経験も僅かな期間のみで知事となり、周囲からは県政の舵取りを不安視されていた。ところが、就任と共にその不安は一変、新しい福祉の時代への突入に最も適した知事として評価された。当時女性知事としては大阪の知事に次いで二人目、民間人女性としては初めてであり、全国のメディアも幾度となく大きく報道した。女性の目線からの清らかなメリハリのある進め方に、忽ち県民の誇る知事、信頼される知事へと進んで行った。

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