栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第67話 大学時代の思い出

悩みに悩んだ末での還俗。お金がないので普通列車で雑魚寝して東京へ向かい、赤羽の新聞販売店で働くこととなった。それから数ヶ月、朝と夕の配達、そして夜の集金を終えて蛸部屋のようなアパートに帰ると一通の手紙が入っていた。

 「浩よ、もうお寺に帰ってこなくてよいが、地元熊本に帰って来なさい。東京の塵の存在でなく地域をより豊かにする雄になれ!」。師匠からであった。浩はこの直言を素直に受け入れることが師匠の意に反した不義理を回復することの一つであると、読みながら体が熱くなったと同時に、師匠のあたたかさに喜びが湧いてきて、時期を見て東京から帰熊することにした。それにしても、生きるためそして大学に入るためのお金、兎にも角にも働いてお金を貯めるしかなかった。国公立の大学にはとても合格できそうになかったが、全国的に見ても学費の安い私立大学が地元にあり、いろいろな制度を活用すれば何とか大学に進学することが出来ると考え、猛烈に働き入学金も準備して、何とか大学にも進むことができた。

 入学してからは、毎晩の家庭教師と土日や夏休み等の土方作業、さらには奨学金で生活を賄った。夏の土方は死ぬようにきつかったが、このお陰もあってか、脆弱な浩を黒く逞しく変容し、病気がちであった体は健康になった。家庭教師は、最初の一年間は住み込みの一組、二年目からは三組を掛け持ちし、このことだけはとても楽しかった。二人の女の子は兄のように慕ってくれ、手縫みのマフラーやお菓子をよく作ってくれた。二人とも見事に希望の高校に合格した。もう一人の子はまだ小学生であどけなかったが、とても勉強の出来る女の子だった。自然と家族ぐるみの付き合いとなっていき、ワイワイと賑やかな団欒は浩にとってまさに別天地であった。ある夏休みに一番下の女の子が「兄ちゃんと一緒に行きたい!」と言ったらしく、その家族から五木村の旅行に誘われた(この五木村に将来七島君と一緒にコンサルに入ることになろうとは、このときは夢にも思わなかった)。この子はその後、大学と大学院を卒業後、診療現場にも出ながら国立大学の教授として活躍することになる。彼女の父親は他界した折に久々に成長したこの子と会い、(と言っても五十代後半だったが)、憔悴の中にもなお凛々しさがあった。出会いから数十年たった後にも「兄ちゃん、、、」と呼ばれて、頭の中は当時の思い出の黒白のフイルムがゆるやかに流れ続けた。

 大学生活は、成績優良者への授業料免除と国家試験のための勉強で、まさに猛烈な日々であった。授業のない空き時間は大学の図書館で勉強し、時々気分転換に県立図書館や他の大学の図書館に紛れ込んだ。県立図書館にいつも見かける美麗で爽やかな女子大生がいた。ある日コーヒールームで会うと「よく勉強されていますね。何の勉強ですか?」不意打ちの問いかけに浩は慌てふためいた。それもそのはず、彼女から声をかけられることなど予想だにしていなかったからである。彼女は外国文学を専攻しているらしく、彼女が読んでいた本は浩の持つ本とは全く異なっていた。ただ、随分と浩に興味を持ったようで、蓼食う虫も好き好きなんだなあ、懸命に生きていると格好良く見えるのかも、と世の中の面白みを感じた。浩も気分が良くなってよりいっそうこの図書館に通うようになり、彼女と暫し語らうことが最高の喜びとなった。後々浩が本を書くようになったのも、この女子大生の文学的な会話を受けたこともあるかも知れない。ある時「映画とかお好きですか?」と暗に浩をデートに誘うような質問をされたが、浩には恋はどうしても多大な時間を要するものであったので、図書館でのほんの短い語らいが精いっぱいだった。

 それぐらい余裕もなく懸命に大学生活を生きる浩であった。そのお陰で、特別奨学生、特待生となり、両親にも時折お小遣いを渡せるようになった。国家試験も大学在学中に簿記論、財務諸表論、法人税法、固定資産税法の四科目に合格し、首席で卒業する事がでした。

 中学三年からのお寺生活で学業面では落ちに落ちた浩ではあったが、ここにきて、ようやく春の花が咲き始めたようであった。努力は報われるんだな、と浩は思った。

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