栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第62話  「女性の活躍-2」

熊本市のほぼ中央に標高約百五十mの小高い山がある。今の季節はツツジで咲き溢れ、ふらりと登るには程よい山で、浩は中学時代によく登った山でもあり、近くの九州女学院、済々黌高校や熊本大学の学生のランニングの光景をよく見かけた。立田山野外保育センター・雑草の森があり、仲間たちと共にNPO法人ヒューマンライフスクールを立ち上げ、毎年散策をしながら食べられる野草を見つけて、お昼には天ぷらにして親子で楽しむという自然と触れ合う教育を行った。久保隆広君が事務局長となり企画運営し、辻井真君はネイチャーゲームを取り入れ、会社仲間も一緒に楽しみ、子供たちの自然環境教育には絶好のフイットプログラムの場でもあった。

 殆ど東京在住である佳代夫人の実家は、この立田山の麓、夜になると静寂な森と化すところにあった。夜の八時、門前の広い場所で人間力を高める滝塾の上村代子事務局長と共に大池社長を待った。待つ間に怪奇な現象、門の両脇に二人の武士が立っていて、上村夫人も確認した。砂利道で車が戯れる様な音と共に車のヘッドライトがその武士の姿を消してしまった。

「この山の麓誰もいない場所って、怖くないですか?」

と声が上がったので、さらに冗談めかして、

「かえって幽霊が佳代夫人を怖がるかも、ですね。先ほど門前に二人の武士が

答える声に、洒脱な夫人は

「そうよ、先祖代々、守ってくれているから安心なのよ」

と言った。考えてみれば、殿の家柄、家来が護衛しようと思う、その思いは永久に残るんだなあ。独り言をボソボソと話していると、

「この方が大池さんなの?瀟洒な感じね」

恰もお后様が語るかのような雰囲気の声が響いたので、家来になったような雰囲気に呑まれ「ハハッ!左様でございます」と返事をしてしまった。

よくある初対面の気詰まりな雰囲気も、数分も経つと一挙にその場が桜が開花したような雰囲気に一変した。

「そうそう、あの三人、かしまし娘のようだ。自分の入る隙なんて少しも無い」

浩は心の中でそう呟き、恰も虐げられたかのように三人の燥ぐ(はしゃぐ)談論に黙って頷くだけであった。

数日後、佳代夫人の招集で二十名ほどの人たちが大広間に集結した。

「みなさん、今夜は集まって頂きありがとう!いよいよ熊本にも女性が政治の場に進出するチャンスが訪れました。紹介してくれた浩さんに後援会長になって頂き、みんなで大池さんを押し上げようではありませんか?」

あまりにも目紛しい展開に呆気を取られた浩であったが、諦念から目の前のお茶を一気に呑み干し、桎梏(しっこく)から解放されたかのように首を横に振った。

「二つの理由があります。一つは、仕事柄後援会長にはなれないこと、もう一つは、女性を押し上げるには女性が良いかと」

浩はこの発言に心配したものの反対する声はなく、直ぐさま「その考えはベスト、とてもいいわ!それでは、愛慈園の潮田園長になって頂きましょう!」一斉に拍手がなった。参加者は男性三名以外は全て女性であり、潮田園長の人望は頗る厚かった。浩は内心ほっとしたものの、ディフォルトの分、全力で取組む決意をみなの前で表明した。佳代夫人、潮田園長、そして上村滝塾局長はじめ熊本を代表する錚々たる顔ぶれの女性陣に、例え無名の大池社長でもTOP当選するのではないかと心が弾んだ。

皆もこの安堵感もあって、明るい女性的な選挙事務所は楽しい雰囲気であった。ところが出陣式当日の落選予想に、みな唖然とし真っ青になった。お陰様で幼少の頃からのドン底生活の経験によってレジリエンスの高くなっていた浩は、それからというもの寝食を忘れたかのように必死で行動した。

いよいよ開票日。一人当選発表、二人、三人そして定員にあと一人、もうダメかと静まり返る事務所に会場の体育館から一本の電話「当選です♪」グラデーションのように、燥ぎ回る人、抱き合う人、涙を流す人、北叟笑む人、大池社長へのインタビューの中で記者から

「佳代夫人、潮田園長、そして経済人浩氏の力ですね。地域に密着する地方議会選挙は既に選挙民との繋がりが深く、落選予想を跳ね除け見事に当選されました。おめでとうございます」

浩は改めて地方議会選挙の難しさを感じたが、今回の活動を通して将来熊本を代表する神々しい肥後の猛婦の存在としての潮田園長とこれから家族のような仲になってゆくとはゆめゆめ思わなかった。

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