栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第58話 夢に島バリ島~

高校の一級先輩の表田豊作から、「芦北にハーバーレスト夕の海という 芦北町“活性化”の夢を託して、地元有志でオープンした集合店舗が出来た。ここは、これからの熊本地域興しの参考になるので一緒に行こう」と連絡が来た。地域が活性化することは、浩にとって最も大切なテーマであり今で言うこれからのIoT スマートシティを創る学習にもなればとの思いがあったので、即行くことにした。豊作は、熊本では先駆的な学習塾地球塾の創業者で、自身大学進学はしないかったものの、起業家として話題の人物であった。訪れて見ると確かにコンパクトで良い規模であり、ウッドデッキが美しく、観光馬車を曳くポニーもいて、子供たちにも楽しめるテーマパークミニ版であった。これなら思いのあるこれから何かを創りあげようと思う若者には適正規模と思った。アラン・ドロンのようなスタイルではあるものの農業を営む黒坂道男も来ていた。目の前の芦北の海の穏やかさ、海沿いのオープンテラスの目の前には不知火海が広がり、円環の縁を感じる異界であった。「芦北大橋」からは爽やかな海の風が吹いて来た。お店に入って隣合わせの中年の女性が「ここにはオープン間もないのですがよく来るんですよ。洋食、中華、和食、そしてアイスクリーム専門のお店、カフェなどが楽しそうな雰囲気を放ちながら私たちを待っているんです。芦北や熊本の名物の品々も魅力度を増しています。あまり広くないので丁度良い感じですね。ポニーの馬車に乗って海を見ながらの景観はとても素敵ですね」と笑顔で語ってくれた。美味しいケーキとコーヒー飲み終えると直ぐにその足で黒坂の案内で彼の保有する近くの小山というより丘陵へと向かった。二、三十分かかっただろうか、そこから見る景色は、ナポリを思い出した。「浩さん、何とかこの山を活かしたいんです、町の為にも」浩は、このような言葉が大好きであった。常に人のことや地域のことや、西郷隆盛の敬天愛人の思考と行動には敏感に反応した。直ぐさに横から豊作が「よっしゃ、世界のリゾートバリに一緒に行こう!」そう言えば世界のパリとバリ、違う角度のエンターティメント性のある場所であり、バリは今のSDGsを感じるようで、沸き立つ心臓の鼓動を感じた。そういうえば今までに家庭を振り向く間もなく疾風の如く走り続けている浩、浩には四人の子供がいた。長女、長男、次男、三男の四人であった。長女長男は中学で休めないので、小学生の次男三男も連れて行くことにした。ングラ・ライ国際空港に到着した。熊本県の面積が約七千四百平方キロ、バリ島が五千八百と小さな島である。降り立った瞬間、今までには感じたことのない空気の肌触りを感じた。「もしかしたら、ここが寂光浄土の世界かもしれない」空港から中心街のデンパサールを通り抜け、森林帯のウブドに向かった。なぜならば、豊作の友人のバリの画家の井山忠行宅の訪問であった。浩よりひとまわり上であった。宮崎出身で二十歳前に上京し、そして二十六歳で祖先の地熊本の東陽村、熊本市、津奈木町、そして五十を超えた頃ニューヨーク、ロンドン、パリへの旅行後バリへ住み始めたようであった。早速ネカ美術館へ、何とそこには別館風の建物全てに井山の絵画が展示されていた。バリの浄土的自然と美的節度を超えた官能的女性をマッチタッチ井山派とも言える作品に心が浮き立ちながらも何故か井山の絵から清純無垢の心の感情移入に落ち着くのであった。井山邸がまたまた趣きがあった。南国ならではの家で、壁が無く、夜も朝も、そして日中も森からの涼しい柔らかな風が優しく撫でるように流れ込み、子供たちはこの異次元の世界に大燥ぎであった。空港に着いた頃から豊作の下痢が始まり、所謂水か何かにあたったのだろうとのこと、うーんうーんと唸り、薬も効かないようなので、ここはメンタル治療だと考えて、丁度持ち合わせた薬を差し出して「こういう時に持って来た、万人が必ず治る薬」と神がかったように言って飲ませた。医療機関にも関係していることもあり、豊作は素直に浩の言うことを信じたのだろう、その日のうちに回復したのだ。浩は心の中で「しめた!」と心の中では笑い溢れたが一緒に旅する人間の病気が治り安堵した。浩はこの後約二十五年後に、このバリの地に世界的リゾートを展開する人物と親しくなるとは想像だにしなかった。

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