栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第56話 黄金の大地1~

「浩君、ちょっと私の工場に来てくれないか?」学校の先輩の杉野さんからであった。時折同窓会で顔をあわせ、経済人雑誌で「鉱山」分野で紹介、熊本にも鉱山があるんだなあ、程度の認識であったが、先般の市長選挙でぐっと親しくなった。阿蘇の山奥、行ってみて驚いた。レトロ調と言えば聞こえが良いが、ここは戦前の飯場そのもの、タイムマシン白黒映画の世界。少し古びたAIロボットのような杉野さん「ここはね、戦前から戦後にかけては二千人もの鉱夫が働いていて賑わったところなんだよ。何故だかわかるかい」「いやあ?今の姿は、芭蕉の〜夏草や 兵どもが 夢の跡〜ですね」一瞬苦い顔「戦争で沢山の鉄が必要でね。ここの阿蘇リモナイト(阿蘇黄土)は褐鉄鉱、沼鉄鉱と呼ばれ、鉄の採掘場だったんだよ」「へえ〜鉄なんですね」杉野さんの目が爛々と輝き始めた。「魏志倭人伝の中に『その山に丹あり』卑弥呼は魏王への献上品の一つにこの丹を贈ったんだよ。不老不死と言われるこの丹がこのリモナイトそのものなんだよ」誇らしげに自慢げに言われるものの、浩にはまだよく理解出来なかった。外に出てみると日焼けした三人の初老の人たちが仕事をしていた。それにしても工場の敷地だけは十ヘクタール、三百強メートル✖️三百強メートルの広大さには驚きであった。「この決算書を家でよく見て、この事業を承継してくれないか?」あまりにも唐突で面食ったものの「ははっ、ここは、専門家としての分析して後日に」この日は鉛色の空、この空のように重たい気持ちで帰宅した。書類を見てビックリ‼️売上が二千万台なのに借金が億、とてもとても経営的に成り立つものではない!急に青息吐息、経営方程式からは逸脱、断ることに決めた。その日は快晴、爽やかなドライブ日和、浩の心とは真逆であった。到着するとマルコ・ポーロによる東方見聞録の『黄金の国ジパング』はここ!と思わせるように工場敷地に広がるリモナイトが金色に輝いていた。天候によってこんなにも見え方が?頭の中は詮索状態、働く人たちも輝いて見えた。急速に心が変化、「これは神仏から与えられた使命かもしれない。事業を引き受けることにしよう」この感情的高揚とともに、「事業は難しいかも知れない。でも毎年三百万円を三十年以上払えば借金も無くなる。この大地を今のスタッフみんなで何かに使えるようにしよう」と色々とアルゴリズムを組むなか、上條君も松竹君も承継へと力強く賛成してくれた。「杉野さん、仰るとおりにします。ちょうど多層パーセプトンのような元倉君がいます。来週から工場に入りましょう」イタリアに最初に行ったメンバー元倉まゆさんが「長男の兄が東京から故郷に帰って両親の世話をしたい」と。研究熱心で真面目なまゆさんの兄であることから即採用した。そうは言っても入社後そう簡単には仕事が無く、暫くは他社応援の所謂出稼ぎの仕事を受託、土日も休みなく必死に動いていた。阿蘇リモナイトは、約三十万年前から数回にわたっての大噴火、大きな火口湖ができマグマや植物等の有機物が蓄積、水中で分離分解され長年の産物として生まれたものと分かった。ゆくりなくもこのリモナイトとの出会い、この大地は必ずや黄金の輝きを発するかも知れないと仄かな閃光がさした。元倉君は朝早くから夜遅くまで工場に入り休みは無かった。苦しい顔どころか常に笑顔で取り組んでいた。脱硫剤を大手の下請けとして製造をしていたので、二人でその会社を訪問、途轍もない大きな会社に度肝を抜かれたが、格好だけはと武張りその会社に乗り込み闊歩した。「この度事業承継した者です」矍鑠とした部長の方が「ほう、若返ったですな」「はい、これからはドンドン注文頂いても生産は大丈夫です」と啖呵を切った。内心、新たには元倉君だけの増員、心配しながら帰社した。訪問のお陰で注文が俄かに増加、人手を会計事務所からの仕事が終わって夜の作業、今で言う副業の走り、でもボランティア、更にアルバイトの若者をかき集め、所謂破落戸集団の様相を呈した。資金繰りはかなりきつく、事務所と浩個人からの無いお金を叩きながら何とか繋いだ。

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