栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第39話 法人化への道~

病院も次第に成長し始めて、許可ベッド数も逐次増床していった。県下の民間病院として大変信頼を得る状況にまで来た。浩も二十四時間三百六十五日、休み無しで猛烈に働いた。全く苦にならないどころか楽しかった。幼少の頃の貧乏という苦しみを考えなくてよい事、また僧侶にならずに不義理をした師匠への恩返しが出来る事、更には兄貴のような理事長に仕える事、全てに感謝と喜びを感じていた。 いよいよ、医療法人化する規模の病院になった。通常は、二、三年の実態を見てから、行政が法人化を認めるという慣例である。税理士である浩は、遡って設立当初から法人として認めて貰う事が、税制面で有利だと検証していた。当初は大赤字、それを法人に引継ぐ事は難易度が高い。建物登記も個人そして法人と二度行うと、登記料や不動産取得税等が二重にかかる事になる。立ち上がりの資金繰りが大変な時なので、何とか節約し経営安定化を図らなければとの思いが強かった。 浩には、日頃から物事を決め、その事へ取り掛かる時の決まり事があった。早朝三時、まず風呂場に行き、冷水をあびた。身が引き締まった。そしてその足で修行したお寺に向かい、誰もいない静まり返った本堂で一人、大願成就の祈りを捧げた。一時間程すると、一人二人と、気づけば本堂は参詣者でいっぱいになっていた。 分厚い申請書を急ピッチで作成し、行政の窓口を訪問した。若き浩に対して、最初は鼻で遇らわれるような対応であった。ここは、辛抱のしどころと思い、相手の自尊心を傷つけないように、ことさら丁重に接した。官尊民卑がまかり通っていたが、我慢した。この担当官と親しくなるには?可愛がってもらうには?その事への細心の注意を払った。何故なら、「通常二、三年の実績がないと認めない。東京都に確認したところ、東京都はこの原則を全てに適用している」と言われたことにあった。そのような法律があるわけでもないので、何とか遡って設立当初からの法人化を認めて頂きたい、と腐心した。確かに、設立認可の規定には、『経営が安定していること。相当の実績が認められていること。』があった。これに該当するには、解釈論として設立後二、三年は必要である、との中央法人化設立認可協議会の判断であった。 この担当官について、浩なりに同じ行政に勤務する友人たちに尋ねると、色々な情報が入ってきた。「あの人は正義感が強い。法は最高の存在、遵法主義者である。」「頭がかたく、融通の効かない男」「あの部署はみんな…」浩の心は次第に、解決の糸口が見つからず八方塞がりとなり、螺旋状に落ちていった。 落ちた心をそのままにすれば、何ら解決策は、見出せない。鳥瞰が必要と考えた浩は、土曜日の夜、自宅から阿蘇火口へと向かった。歩いて八時間、火口に着いた時、朝日が浩の全身を照らしはじめた。額の汗をタオルで拭きながらも浩の心は爽やかに蘇るようであった。  「よし!」  何度も何度も訪問する浩に対して、担当官も次第に微笑むようになっていった。そしてその部署の人たちも、逆に「知り合いが具合が悪くてね、紹介してくれないかな」や「病院税務や会計、この辺りがわからないので教えてくれる?」気づけばスッポリと浩もこの担当部署の一員のようになっていた。音楽の話、スポーツの話、話が弾みいつも長居するようになった。担当官も部署の人も、浩と話すことを楽しみにするかのようであった。いろいろな有益な情報も準備して持って行った。

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