栗谷利夫著「夢現」

『MUGEN(夢現)』第33話 野球賭博~

「浩泣き叫ぶ一本の電話、顧客である商材の卸会社の女社長からであった。その夫の会社は浩の顧客ではなかったが、塩の取引の全国的にも大きく有名な会社であった。電話の内容から、夫が野球賭博で、多くの人たちから借金をしてしまい、雲隠れしていて、奥さんが取り立てに囲まれているようであった。 先ずは行かなければと、病院は事務局次長に任せて、熊本市南部へと車を飛ばした。着くやいなやビックリ、そこには十人ほどの怖そうな人が群れあっていた。かき分け奥にいた奥さんに「どうなさいましたか」と問いかけると「おまえは何者だ!社長の弟か?」と取り囲んでいたうちの一人が怒鳴った。「いえいえ、奥さんの会社の顧問税理士です。」「おまえなんか話しにならんだろう!金はどうしてくれるんだよ。おまえが払ってくれるのかよ!」足蹴りされようとしたが、運動神経のよい浩はするりとかわし、震えを押さえながらも「社長を探し出しますので、暫くお待ちいただけませんか?今日はお引きとり頂き、後日社長に説明をさせますので。」急に対応責任者のようになっていた。奥さんはやはり女性、みんなも遠慮し、矛先が全て浩に向いていた。 そこへ小綺麗な中年の女性が「あの貸した五百万は、うちの組の今月分なのよ。どうしてくれるの、みんなの生活がかかっているのよ。」と、涙ながらに話した。浩が通っていた中学校の近くにある有名な組で、組長は、別の組の人間を刺したとして刑務所服役中、この女性は組長の奥さんで何度か見たことがあった。どうしようもない浩は、「すみません。探し出すまで待っていてください。急いで探し出しますから」それから暫くは、次々と罵声が続いたものの、浩の対応では埒が明かないと思ったようで、「探し出せよ!」とさん、助けて!」捨てゼリフを残して、ゾロゾロと引き上げていった。ぽつんと二人残り、暫くの沈黙の後、暫くして奥さんは「ごめんなさいね、こんなことになってしまい、夫はどこに今いるのか私もわからなくて。良ければ、実印を預かってくれませんか。私が持っていては…。」「わかりました。お預かりましょう。」この実印を預かったため、このあと浩の部下が危険な目に遭うとは夢想だにしなかった。 次の日、病院で請求書や納品書のチェックをしていると、嘉吉君からの電話で「今、金融の日本商事の原井社長が見え、実印を渡せ、と言われています。怖いです!渡していいですか?」「あの有名な原井社長、ヤクザではないが、この熊本を牛耳る人物だよ。でも、無いと言って帰って頂くように。決して実印は渡すなよ。」嘉吉君は震える声で「はい…、わかりました。」と答えた。後で聞いたところ、『獲物を前にした猛獣のような目つきで睨まれる中、その場を懸命にたちつくしました。』とのことだった。それは一時間あまりだったが、嘉吉君にとっては、一日にも思えるほど長い時間に感じたようであった。吐き捨てるような大きな怒号とともに、嵐の如く原井社長は帰っていった。しかし、お客様の為に実印を必死に守る行動が、これからの原井社長と浩たちとの結びつきを強めていった。原井社長は、良き社会を創ることにも果敢に行動する人物であり、このような社会創造は浩の目標であった。災害時に、美辞麗句ばかりで行動しない人でなく、行動する自分をこころがけていたのであった。

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