学校の状況がうまく行かない中にも、こころあたたかい友人がいた。当時生徒会長でもあり、空手部の宇都君が、何度もお寺に泊り込みに来てくれた。後にトップの大学に進学し弁護士となり、友情が実り、後々浩の事務所の顧問弁護士になるとは露にも思わなかった。宇都君は他の学生と違い落ちこぼれの学生にも優しかった。その落ちこぼれの一人前川という蛸入道みたいな変わった男が、同じように変わった生き方をしている浩に憧れ、お寺に泊まり込みの修行を希望、浩を観察した。二人は、高校最後の年の文化祭に浩の修行の姿を有りの侭に写真と記事で教室いっぱい大きく展示したのである。多くはなんで阿呆なことする学生がいるもんだと呆れ果てる先生や学生であった。 そんな中、浩たちのクラスの担当ではなかったが社会科の内藤先生が、じっと立ち止まって見続けていた。「こんな学生もいるんだなあ。成績とは別に我が校の誇りの生徒の一人である」とぽつりと語られた。その言葉を、宇都と前川は耳を峙てて聞いていた。二人は喜んで浩のところに飛んできた。「おい、浩!内藤先生がよ、先生がよ、、、」咳き込んでいて何を言っているのか最初はわからなかった。 よくよく聞くうちに、当然ではあるものの内藤先生への感謝とともに二人への感謝の気持ちがいっぱいになった。二人も違った意味での苦悩があったのでお寺に来たり修行に来たのだなあと思った。担任の先生にしても、特にこの内藤先生は、、学校では真っ暗闇の浩の心を大きく晴れやかにしてくれた。内藤先生の綺麗なお嬢さんも同学年であり、親の環境からか、浩の写真を感慨深く見ていたとのことで、あとになってわかったことであるがミッション系の大学に進学されたとのことであった。
「浩さん、可愛い声のかたからよ」 夕方、食事を済ませ、世安の信徒宅に出かけようとしたときであった。「わたしよ、わたしを覚えている、直子よ」「ううーん!な・お・こ、、、ああ小学時代の直子さん」「見たわよ!凄いね。凄いことをあなたはしているのね」「ううーん!そうかなあ?凄いというより、毎日が・・・」 詰まってしまった。苦しくて辛くてと言おうとしたが、相手にがっかりさせてしまってはいけないと思い、咄嗟に切り替えて「どうしているの?」「私今第一高等学校に通っているの」「ああ女子校の」「会いたいね」 そう言えば、小学低学年の頃一緒で、どうも彼女が浩を好きであった記憶が思い出され、目の綺麗な、よく言えば「ロミオとジュリエット」でジュリエット役のオリヴィア・ハッセーに似ていた。 月一日の外出許可届けを出して、土曜日夕刻、招かれた上通りの自宅で、ご両親とも一緒に食事を頂きながらお話するうちに、すっかりご両親とも直子とも仲良しになり、このような家族が出来たらいいなあと朧気ながら初めて将来の家庭を意識するようになった。 それからは、会う時間は取れずに、手紙のやりとり、所謂文通が始まった。浩にとって毎日の暗闇の中の大きな灯火となっていた。それからいよいよ大学受験、浩は当然ながら不合格、直子も不合格であった。お寺の計らいで予備校を受けて良いとのことで、直子は当然合格したが、浩は不合格、この結果を見て直子は、浩から遠ざかって行ったようであった。学生時代、特にお互いに進学校からすれば当然の事であり、互いのバランスがとれなくなった証でもあった。 浩は、黙々と毎日を送る生活に戻った。一瞬の春の花でもあった。ただ信徒宅を訪問したり、信徒のみなさんが集まって、その場で所謂説法することは、大変楽しく、特に悩みを解決することに向かう情熱は誰にも負けないくらい強く行動していた。