上官はみんなから嫌われている訳の分からない男だった。いつも自分の部屋に籠っていた。赤坂という男が、
「おーいみんな、今から上官ところにこの食事を持って行く。みんなみとけよ」
と言い終わらないうちに、お盆にのっていた味噌汁の上に、手で坊主刈りの頭を掻きはじめた。最初はみんな唖然とした顔であったが、数秒後一斉にどっと笑いが出て、「もっと掻け、もっと掻け」のコールがなりだした。その夜もまたみんなは楽しい笑顔で就寝した。
翌日、盛雄は上官から呼ばれ、拳骨で血が出るほど殴られた。赤坂が人気者の盛雄が忌々しかったようで、盛雄が行ったと報告したのだった。そのことを察した仲間たちは怒り、赤坂を懲らしめようとしたが、盛雄は制した。
「彼もきついんだろう。家族と離れ、その気の晴れる場所がないんだろう。その晴れるところが俺であったらそれでいいんだよ」
信頼の最も高い盛雄の言葉には、皆も歯ぎしりをしながらも我慢した。
ある時、上官からその男が呼び出され、心配になった盛雄はついていき、その男が殴られようとするとき、上官の腕を握り
「いや、それは私が指示を間違ったのですから、私のせいです」
と話すなり、盛雄に拳骨が飛んで、盛雄は血を吹き出して倒れた。
男は、倒れた盛雄に駆け寄り、「私が悪かったんです。・・・・・」 と、泣きじゃくりながら盛雄を抱きかかえた。部屋まで抱えて帰り、消毒液を懸命に塗った。
「申し訳ありませんでした。私の事を庇われたのでこんな目に、そしてこの前は、嘘の報告もして」 と何度も何度も謝る男に、
「大丈夫だよ。大丈夫だよ」
この赤坂も、一緒の戦場、浩の隣で命を落としていったのだった。
※ニューパラダイム2016年8月号掲載